ユーモアに変えてるだけで、頭の中では普通に最悪を想定してる。

笑顔でマグカップを持つ女性のイラストと、「ユーモアに変えてるだけで、頭の中では普通に最悪を想定してる。」という文字が配置されたブログ用アイキャッチ画像。明るく見える外側とは対照的に、背景には不安や先読みを表す言葉が描かれている。 内向型と発信

「楽観的だね」と言われるけど

楽観的だね、ってよく言われる。

……まぁ最近、人とあんまり話してないから、言われてもないんだけどwww

自分でもそう思ってた。

でも、なんか少し違う感じもあった。

頭の中では普通に最悪を想定してる

不安がないわけじゃない。

むしろ、先のこととか、最悪のパターンとか、普通に考えてる。

ただ、それを外にあんまり出してないだけで。

「神経症傾向」って言葉を知った

「神経症傾向」っていう言葉があるらしい。

ざっくり言うと、不安や心配を感じやすいかどうか、みたいな傾向のこと。

高めだと、先読みしたり、リスクを計算したり、最悪のパターンを想定したりしやすい。

わたし、たぶんここが高め。

でも「じゃあ悲観的なの?」って言われると、そうとも言えなくて。

外にはあまり出してないだけ

悲観的に見せたいわけじゃないんだよね。

不安はある。先も色んなパターンが見える。

でも、それをそのまま外に出したいわけじゃない。

だから外側ではユーモアに変えたり、茶化したり、軽く言ったり、明るく処理したりしてる。

人から見ると「前向きな人」「軽やかな人」に見えるらしい。

でも内側では先読み、リスク計算、負荷予測が普通に走ってる。

たぶん、「楽観的であろう」としてる

たぶんわたし、楽観的であろうと努力してるんだと思う。

自然放置すると、先読みや悲観側に寄っていくから。

だから意識的に、ユーモアに変える。茶化す。軽くする。

それって嘘をついてるわけじゃない。

不安しかなかったら、Threadsにリンクなんて貼れないんだよねwww

怖いけど、茶化しながら出す。

「完全悲観ではないわたし」もちゃんといる。

人には優しいのに、自分には厳しい

あと、人には寛容なのに自分には厳しい、っていうのも神経症傾向と関係してるらしい。

これはわりとある。

人のミスは「まぁそういうこともある」ってなるのに、
自分のミスはなんかずっと引っかかってたりする。

神経症傾向って聞くと、ネガティブな言葉に聞こえるけど。

先読みできる、リスクを見られる、慎重に動ける、っていうのは、
使いようによっては強みにもなる。

消耗しやすい、ってのは確かにあるけど。

ズレに名前がついた感じ

「楽観的だね」って言われるたびに、
少しだけ「そうかな」ってなってたのは、たぶんここだったんだと思う。

外から見える自分と、内側で動いてる自分が、ずれてる感覚。

そのズレに名前がついて、少しすっきりした。

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