好きすぎると、言葉にできなくなる理由

夜の静かな部屋で、スマートフォンを見つめる女性の手元。やわらかな光に照らされた、ひとりの時間。 うかうかが思ったこと

ファン垢を作った。
愛を叫ぶために。

で、全然叫べなかったwww

何してんだろ自分、ってなった。

いざ叫ぼうとすると、「何叫べばいいか分からない」になる。

これ、共感してくれる人がいてちょっとほっとしたんだけど。

なんで叫べないんだろう、ってずっと思ってた。

好きなんだよ、確実に。

「うおー!」
「ぎゃー!」
「まじなんなん?」

とかは出てくる。

でもそれ、言葉じゃないんだよね。
(うぉーを見た人はどう思うんだろうか…と思うとそのまま書けませんわw)

声というか、音というか。
でも私にとってはこれ、感情なんだよ。

言葉にしようとした瞬間に、なんか冷静になる。

よし、SNSに投稿するぞって意気込む。
さらに人に伝えようとすると、もっと冷静になる。

で、結局「…いいや」ってなるw


この感情、言葉にした瞬間に軽くなる。

感情を言葉にする作業は、私のとっては削っていく作業なんだと思う。

言葉にするたびに少し軽くなって、
人に伝えようとするたびにまた削られて、
出てくる頃にはすっかり冷静になってる。

だから叫べない。

ちなみに「好きすぎてしんどい」「かわいすぎて無理」ってなるのは、キュートアグレッションという名前がついてるらしい。
2013年にイェール大学の研究チームが提唱した概念で、感情が大きすぎて脳がキャパオーバーになって、反対方向の言葉でバランスを取ろうとしてる状態のこと。
嬉しすぎて泣く「嬉し泣き」と同じ仕組み。
「しんどい」は感情が大きすぎることの証拠で、脳が勝手に出してるブレーキだった。

世に出てくる言葉って、全部削られた後のものなんだよね。
ブログも、SNSの投稿も、誰かの言葉も。
私が見たいのはそこではなくて。
「なんでそう思ったか」の部分。
削られていく、その途中。


だから自分がそれをやればいいんじゃない?と思った。
この記事も、うまく削りきれないまま出てきてる。

標本になる途中のものを、これから記事にしていきたいなと思った。

こういう感情、きちんと残したくてブログ書いております。

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