頭の中にはあるのに、言葉に当てはめると、違う。

水彩風のイラスト。ノートを前に考え込む女性が、頭の中にある風景と、それを表そうとする言葉の違いに悩んでいる様子。左の吹き出しには頭の中の風景、右の吹き出しには「優しい雰囲気で」「淡い色で」「ふんわりした感じで」など言葉が並び、「言葉にすると、なんか違う。」と書かれている。タイトルは「頭の中にはあるのに、言葉に当てはめると、違う。」。 感覚・認識・観察
プロンプトを聞かれて、きょとんとした話。
「どんなプロンプト使ってるんですか?」と聞かれて、答えに困った。AIで絵は作っている。でも、「このプロンプトです」と言えるものがない。考えてみたら、自分でも何をしているのか、ちゃんと説明できなかった。

あの記事↑を書いてから、
自分でも考えてみた。

頭の中に、映像がある。

それを、言葉にする。
AIに渡す。出てくる。
見て、違う、って思う。
こうしたい、って思う。
また言葉にする。
渡す。やっぱり違う。

これを、何回もやる。何十回も。下手すりゃ一日。

インスタにある絵たちはそうやってできています。

人に言うと、たぶん引かれる。
そんなにやるの、って。
でもやめられない。だって、違うんだもん。

頭の中のやつと、出てきたやつが、ちょっとズレてる。その「ちょっと」が、一致しない。

100%は無理なんだよ。それは分かってる。
映像と言葉がぴったり重なることなんて、たぶん一生ない。
最初から無理なやつに向かって走ってる。

8割で「よし、出そう」になれる日もある。
題材が軽いと「この辺にしとくか」で6割でも出せる。
そのへんのさじ加減は、まあ、ある。

ほんとに詰めたいやつは、これまた違う。
取りかかれない。
8割でも6割でもなくて、そもそも着手できないにちかい。
なので、時が来るまで放置。

で、最終的に、どうやって手を離してるか。

これ、自分でも「諦め」って呼んでるんだけど。
世間の諦めと、ちょっと違う気がしてきた。

「もうダメだ」「やめとこ」の、後ろ向きなやつじゃない。
完璧には届かない。
それはもう、最初から了承済み。

その上で——「まぁ、この辺りで…まぁ…いいんじゃなぁい?」って、なる。

スパッと判断とか、できない。
決断、とかもできない。
まぁ…いいんじゃなぁい?って語尾、のびてる。
自分に、ちょっと笑いながら言ってる。なだめながら。

力尽きたわけじゃなくて。
がっかりしてるわけでもなくて。
まぁいいよって、線を引く。「ね?」って。

——で、また明日、頭の中の映像を、言葉にしようとするわけです。
そうやって、あの絵ができてます。