2ちゃんねるの話の続き。今回は傾向の話。

静かな空間に人影がばらばらに立つ、孤独とつながりを感じさせるミニマルなイラスト うかうかが思ったこと

2ちゃんねるの話の続き。
前の記事では、
「あの空気を知ってる人たちは今どこにいるのか」 というところまで書いた。
今回はそこから少しズレるんだけど、

私は“人”というより、“傾向”の方が気になっている。


あの時代の空気って、
ただのノリとか文化というより、

そこでやり取りしていた人たちの
距離感とか言葉の使い方に出ていたものだと思う。

例えば、

ニュアンスを読む、強く言うけど壊さない。
踏み込むけど踏み込みすぎない、傷つけない程度に。
はっきり言うけど角が立たない、説明しすぎないけど、なんとなく伝わる。

そういうバランス感覚。

で、それって今もどこかに残ってる気がしてる。

もちろん全員がそうとは思ってないし、
目立って活動してる人もいると思う。

でも、

あの時代を通ってきた人たちって、
全体的に“調整する側”に回りやすい傾向がある気がする。


空気を読むことに慣れているし、
場を壊さないことを優先する。

だから、
自分を強く出すというよりは、
全体の中で成立する位置に自然と収まる。

それが良いとか悪いとかじゃなくて、

そういう“癖”みたいなものが残ってる感じ。

そういうバランス感覚って、
ただネットの中だけのものじゃなくて、
そのまま現実での振る舞いにも出ている気がする。


私はあの時代を生きてきた人みんな、勝手に同志だと思っている。

いわゆる氷河期世代って、バブル崩壊後の就職難をくぐり抜けてきた今の40代〜50代前半あたりのこと。

上の世代のやり方を見て覚えろで育てられて、同じようにやれば下の世代からハラスメントと言われる。しかも下は下で悠々自適に過ごしてて、こちらが気を使わないといけない感。

頑張ってるのにあまり評価されない。評価されたとて、これで見合ってる?ってなる。

いつも人と人とのクッション材みたいになってて、みんなそれさえ気づかない。いて当たり前、やれて当たり前。そして代替えが効いてしまう。

上にも下にも挟まれて、全部飲み込んで、馴染む術を身につけてきた世代だと思う。一番損くらって生きてきた感が、否めない。


今の子達を見てると、自分を出せてる。

羨ましいと思う。

氷河期世代で活躍してる人たちって、飲み込んできたものをやっと自分の言葉で出すことに成功した人たちな気がする。


悲しいかな、代替えはそこらじゅうにいて、自分でなくても世界は回る。

だから自分の居場所を探してる感じが、少なくとも私はする。


これって時代のせいなのか。個々の感覚なのか。人によるのか。

私はなんなんだろう。

尖れない。でも尖れたら楽かといったら、そうでもない。

少し大人になったのかもしれない。

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